華城の三大祭りのページ

三大八幡宮祭事のビデオ    目  次

1.桑山(くわのやま)八幡宮(仁井令(にいりょう)八幡宮)

   昭和39年3月仁井令から桑山に
   改されました

  桑山八幡宮の写真です 
平成23年5月例祭の晒石(さるいし)(やっこ)長持(ながもち)行列のビデオ(4分04秒)
平成22年8月風鎮祭のスライドショー(3分50秒) 
平成22年5月例祭のスライドショー(2分32秒)
平成20年5月例祭スライドショー(0分32秒)
2.伊佐江(いさえ)八幡宮 

  伊佐江八幡宮の写真です
平成26年1月穂例(ほだれ)祭(粥占(かゆうら)神事)のビデオ(13分50秒)
平成22年8月風鎮祭の案内チラシ(PDF・2種類)
平成22年8月風鎮祭のスライドショー(1分51秒)
平成19年5月例祭のスライドショー(1分12秒)
3.植松(うえまつ)八幡宮 

  植松八幡宮の写真です
平成29年5月例祭のお先乗りの馬のテレビニュース(5分51秒)
平成26年度大頭(だいとう)行事の記録ビデオ(35分49秒)
平成22年8月風鎮祭の案内チラシ(PDF)
平成22年8月風鎮祭のスライドショー(3分20秒)
平成22年5月例祭のスライドショー(4分37秒) 
平成18年5月例祭のスライドショー(0分55秒)
平成6年5月例祭のビデオ(57分46秒)
平成6年5月前夜祭のビデオ(53分50秒)
平成6年5月大頭祭(オハケ)のビデオ(1時間22分16秒)
10 ビデオ・語り継ぐ神事(平成元年・前開作自治会)(57分25秒)

 私が生まれ育った山口県防府市
華城(はなぎ)と言うところは明治22年(1889年)4月1日に 仁井令村 伊佐江村 植松村が合併して華城村が誕生し従来の各村は大字(おおあざ)となりました。当時の人口はつぎのとおりです。 
        仁井令(にいりょう)   伊佐江( いさえ)   植松(うえまつ)
        1,361人   853人    1,351人    合計3,565人
           274戸   197戸     272戸    合計  743戸

 ちなみに、上の古地図(昭和2年発行の御園生翁甫書「華城村誌」よりコピー)でお分かりのように、当時は植松には現在の右田の大崎・佐野地区も入っておりました。川北と表示されています。

 この佐波川北部の地は明治の初年大崎村及び佐野村に分属し、同7年3月に西浦村の一部西開作を併せ現在の植松の境域となりました。

  
 仁井令 ( にいりょう)伊佐江(いさえ)植松(うえまつ)にはそれぞれ大きな八幡宮があり、現在でも年間を通してそれぞれ特色のある神事が執り行われております。

 仁井令(現・桑山)八幡宮の「(やっこ)長持(ながもち)行列」、伊佐江八幡宮の「粥占(かゆうら)神事(穂例祭(ほだれさい))」、植松八幡宮の「湯立(ゆたて)神事・流鏑馬(やぶさめ)・お先乗(さきの)り・オハケ(大頭祭)」という大変珍しい神事や行事が三八幡宮の特色であり、貴重な無形民俗文化財とも言えるものでありますが・・・・。

 この祭りごとも、お世話をする人の高齢化が進み、祭事の継続が危ぶまれる昨今と相成ってまいりました。

 特に伊佐江八幡宮では、8月の風鎮祭で行われていた催し物の「子供相撲」とやぐらを組んでの「餅蒔き」が平成25年から中止となり、1月の「穂例祭(ほだれさい)も伊佐江地区の住宅化が進み、田んぼが消えて農家が少なくなり、今年の稲作の出来具合を占う「粥占神事」の存続を不安視する声が上がっています。


 平成元年10月に華城村誕生満百年を記念して発刊されました郷土史「華城の百年」には、当時の編集委員であられた我々の諸先輩の方々が「この三八幡宮の貴重な神事は、これからの華城づくりに、その看板としても、大いにPRすべきではあるまいか。これを地域全般によく知らせて、地域づくりのために子供会から老人に至るまでみんな集う機会はつくれないものか」と書き残されております。

 ここに、私が今までに収集いたしました各八幡宮の祭事の模様の写真やビデオを一つにまとめてみましたので、少しでも多くの皆様方にご覧いただき、この歴史と伝統のある素朴な祭事の存続継続のお役に立つことが出来たらと願っております。

 また、幼少時代を華城で過ごされた華城小学校の卒業生の皆さまがたには、大変懐かしいものがあろうかと思います。

  なお、このページを作成するにあたりまして、今までに多くの写真やビデオの提供を頂きました皆様方には、この場をお借りしまして、厚く御礼を申し上げます。